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 都心のマンションから、一時間余り。久しぶりに降りた郊外の私鉄の駅は、小春日和の暖かさだった。

 

 「こんなに近かったっけか。」

 

 地下鉄の延伸により乗り換えも便利になった。スーパーも出来た。昔は3路線乗り換えで出勤はあり得ないと思ったけれど、住むには悪くない、人気もあるのだろうな、とふと思った。

 でも、駅近マンション買ってしまったし、嫁の実家のすぐ側でもあるし、そこを離れることはないだろう。

 俺は、実家に続く線路に直角に交わる住宅街の一本道をうらうらと歩いて行った。

 「ただいまー。」

 建てつけの悪くなった玄関ドアを開けると、やけに奥座敷が暗あく見えた。

 「お、お帰り。」

 母が畳から立ち上がり、台所に寄って、お茶と菓子を、盆に盛って来た。

 膝をいたわっているのか、ゆっくりとした動きだ。

「調子はどう?びっくりしたよ。お風呂で腰が抜けて救急車呼んだっていうからさあ。」

 母はきまり悪そうな笑いを浮かべて、手をぶんぶん振る。

「いやいやいやいやいやいや、もう大丈夫よ、なんともないのよ、あの時はお父さんもいなくて動転しちゃって。検査でもなんともないって、電話持ってて良かったわ。最近何かあると困ると思ってほらこうしてビニール包んで携帯持ってたからね。」

「いやが多すぎだって。寒いからなあ、この家。」

 俺は周りを見回した。俺には上着も脱げない寒さに思えた。外の方が日差しがある分でよっぽど暖かい。おまけに積み上げられた物で一杯。父の自慢していた桧の柱なんて、見える壁が無い。

「あのさ、ここで寝ているんだろ、地震の時危ないよ。」

「地震ねえ、、死ぬときはその時だから、天災だから仕方ないでしょ。」

「そりゃ、大地震なら仕方ないけど、自分が命助かってる時に、親は家の下敷きになって死なれたりしたら辛いだろ。」

「まぁ、ねえ。この家も建てた時にはけっこう凝ったけど、今思えば、もっとこうしたいというのもあるわねえ。でも慣れてしまえば、、二人で頑張って働いて建てた家だからね!」

 母は綿入れに重ね着した紫のフリースの袖を引っ張った。寒いからリフォームしたらどうか、と前に話した時に、

「いや、今はこういう暖かい服が安く手に入るので必要ない」

と頑なに主張したその服だ。

そして、仏壇の引き出しから、ピンクのポチ袋に入れた金を出して来た。

「はい、お年玉!、」

おれは飛び退った。

「や!今いくつだと思ってんだよ。40過ぎだから。」

「だって、お前、お正月も来なかったじゃないか、子供にもいろいろと物入りだろう、、」

「母さん、金なら自分の為に使えよ、、父さんと比べたらアレだけど、俺は何とかなってるんだから、、」

 どうやら、母の目には、俺の歳は実際年齢の半分くらいに見えているらしい。そう思えば納得出来る。ようやく社会人になったぐらいのつもりでいるんだろうな、そして、自分もいつまでもその頃のような気でいるんじゃないか。いつだって母さんは自分の事は後回しだ。不調は見ない振りをして。

 帰り道、俺は考え込んでしまった。寒い家、地震に弱い家、思い出の家。

 我慢は美徳じゃないだろう。我慢すればいいってもんじゃないだろう。しかも、我慢して金貯めてても相続税で国のものになってしまうかも知れないのに。そしたらこの家無いし。悪い想像ばかり浮かんできた。室内の温度差で心筋梗塞とか脳卒中とか、段差で転んで骨折長引く。地震で梁につぶされてぺちゃんこ。

 かといって、どこかに引っ越すなんて事は考えないだろうしなあ。ここで人間関係築いてるから、新しいとこに住んでボケたら困るし。 やだな、、病気になったら、、、、一人っ子の俺には看病してくれる女姉妹はいない。妻に頼むことになるだろう。嫁の顔が頭に浮かんだ。眉をひそめた顔。・・・ほんとに母には長く健康でいて欲しい。

 いや、それは嫁が怖いからじゃないぞ。いつまでも健康でいて欲しい親孝行からなんだ まじで掛け値なしピュアーな気持ちで。

 金ならなんとかなるんだが。あー、どうしようどうしよう、どーしようもないの?

数寄屋のエピソード

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